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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)157号 判決

控訴人 川島健

右訴訟代理人弁護士 早川庄一

被控訴人 近藤昭治

右訴訟代理人弁護士 尾崎憲一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張及び証拠関係は、次に附加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

≪証拠関係省略≫

理由

一  登記の存在について

原判決添付別紙目録記載の土地(以下本件土地という)建物(以下本件建物という)につき、被控訴人から控訴人に対し、前橋地方法務局桐生支局昭和四六年一月二〇日受付第七〇三号をもって、昭和四五年一一月一五日売買を原因とする所有権移転登記(以下本件登記という)がされていることは当事者間に争いがない。

二  被控訴人の本件土地建物の所有権について

1  本件土地建物がもと大屋正夫(以下大屋という)の所有であったこと、本件土地建物につき大屋から被控訴人に対し同地方法務局同支局昭和三一年四月一三日受付第一七九九号をもって同年一月二〇日売買を原因とする所有権移転登記がされていることは当事者間に争いがないから、反証のない限り前項の控訴人名義の本件登記のなされる前は、これが被控訴人の所有であったことはこれを推認しうるところである。

2  これに対し控訴人は右被控訴人主張の日時ころ大屋から本件土地建物を買受けたものは近藤定男であり被控訴人ではない旨抗争する。

この点につき当審における証人近藤定男は本件土地建物を買受けたのは近藤定男(以下定男という)で、ただ差押を免れるため被控訴人の所有名義に登記したに過ぎないと証言するが、当時同人においてその代金を出損できたとする事情が認められず、また、特に差押を回避する必要のあるような経済的窮状にあったことを認められる証拠がなく、さらに、事後の事情ではあるが、同証言はまた、本件土地建物に抵当権を設定したさい母トモの承諾をえたと述べており、そのこと自体自己の所有でないことを推認させるものであって、これらの点からみると、右証言はにわかに信用することができない。また右証言によれば本件土地建物の登記済権利書(乙第二号証)は被控訴人の母トモが保管していたことが認められるが、≪証拠省略≫をあわせれば、はじめ被控訴人は父母及び弟孝一らと本件建物に住んでいたが、父康平のすすめで本件土地建物を取得することとしたが、その手続は父にまかせ、権利証も父に預けたまま、一時八王子に転出して機屋につとめ、そこで結婚後桐生に戻ったが、その間に本件建物には兄定男の一家が移り住んで自分らの入る余裕がなかったのでしばらく同市内にアパートを借りて生活をすることとなったが不要心のため右権利証等重要なものは引続き父の死後は母の許に預けてあったという事情にあることが認められるから、母が権利証を保管していたとの一事によって本件土地建物が被控訴人の所有であることを否定するには足りない。もっとも≪証拠省略≫によれば被控訴人は本件土地建物を前所有者大屋から買受けた代金は五万円であるとするが前記乙第二号証には売買代金一一万円とあり、一致しないが、この登記済証となるべき売買契約書には法務局の認定する課税標準価格に適合する価額が記載されるのが通例で、必らずしも実際の価額と一致しないこと、本件建物は被控訴人らの父の賃借していたものであるため空家とその敷地を買受ける場合に比し価格は安価でありうべきこと等を考えれば、売買代金が五万円であるとする被控訴人の供述を疑い、惹いて本件土地建物が被控訴人の所有であることを疑う資料とするのは相当でない。

その他に前記登記の推定力をくつがえして本件土地建物が近藤定男その他被控訴人以外の者の所有であることを認めるべき的確な証拠はない。従って本件土地建物は本件登記以前において被控訴人の所有であったものとすべきことは明らかである。

三  本件登記原因について

控訴人は、昭和四五年一一月一五日被控訴人の代理人である定男との間に、控訴人が従前定男に対し貸与した貸金残債務約金五〇〇万円につき被控訴人が控訴人に対し右債務の支払に代え本件土地建物をもって代物弁済する旨契約し、それによってその所有権を取得した旨主張する。

1  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

定男は京染行商をしていたが、その営業資金等として、控訴人から昭和四三年七月より昭和四五年一一月までの間一四回にわたり合計金五七〇万円を借受けた。控訴人は定男に右のように貸与するにあたっては、一部は他人名義を借りて控訴人が桐生市農業協同組合から借受け、その余は自ら調達してこの金員を貸与する方法を繰返していた。しかし、控訴人は、同組合に弁済できず強くその支払催告を受けるようになり、昭和四五年一一月ころ再三にわたり定男に対し右貸金の支払を催告した。その結果、定男は同年同月一六日控訴人に対し真実その代理権があるかどうかはしばらく別として被控訴人の代理人として右貸金残元金五七〇万円及び遅延損害金債務支払のため、本件土地三・三平方メートル当り金一一万円で計算した額を本件土地建物の代金額として売渡し、右代金と貸金との対等額で相殺し、残債務の支払を期限の定めなく延期し、近い将来に買戻すことができる旨の契約をし、母トモが預っていた登記済権利証、被控訴人名義の白紙委任状、印鑑証明書等登記に必要な書類を控訴人に交付し、控訴人がこれに基づき前記のように本件登記を了した。

以上のとおり認定することができ、右認定に反する証拠はない。

2  そこで右近藤定男に被控訴人を代理して本件土地建物を代物弁済に供し、それにより所有権移転登記をする権限があったかどうかについて検討するに、この点の控訴人の主張にそう如き≪証拠省略≫は≪証拠省略≫と対比してたやすく信用できない。本件登記済権利証、被控訴人名義の印鑑証明書及び委任状等が控訴人に交付された事情は後記のとおりであって、これらの書類交付の事実自体から定男の代理権を証することはできない。≪証拠省略≫中には被控訴人の母トモは控訴人の妻幸枝に対し本件土地建物の処分は被控訴人から自分にまかされているものであり、自分が定男に書類を渡したもので、早く処分をして身軽にしてほしいといったとする部分があるが、当時本件建物には右トモが定男一家とともに住んでおり、これを処分すれば忽ち身の置きどころを失う状況にあったのに同人がこのようなことを申し述べること自体はなはだ疑わしいのみならず、≪証拠省略≫によれば被控訴人は権利証こそ母に預ってもらっていたが、同人にその処分権を一任したことなどないことが明らかであるから、右証言によって定男の代理権を認めることはできない。その他に右代理権を認めるべき的確な証拠はない。かえって≪証拠省略≫をあわせれば次のように認めることができる。すなわち近藤定男は控訴人からの借入金がかさみ、その解決方を求められたところから、昭和四五年一月末ごろ自ら被控訴人になりすまして桐生市役所に有合わせ印で被控訴人名義の印鑑登録をし、印鑑証明書の交付を受け、これを利用して同年二月四日控訴人に対し本件土地建物につき売買予約名義による所有権移転仮登記をしておいたが、その後同年一一月にいたり控訴人は定男にさらに強く解決方を求めたので、定男は再び前同様にして被控訴人名義の印鑑証明書を得て、これと右印鑑及びそのころ母トモのところから被控訴人に断りなく持ち出した登記済権利証を控訴人に交付するとともに被控訴人の代理人と称して本件土地建物を前記のとおり控訴人に代物弁済に供する旨を約した。そこで控訴人は一旦これら書類等によって農協に抵当権設定をし、その登記をしたが、その後近藤定男が行方をくらましたので控訴人は預っていたこれら書類を利用して農協の抵当権を抹消した上控訴人名義に本件登記をするにいたったという次第であり、これらの経過にかんがみれば定男には被控訴人を代理して本件代物弁済及び登記をする権限のなかったことは明らかである。

四  次に控訴人の表見代理に関する主張について判断する。控訴人は、定男はかねて本件土地建物について被控訴人のための管理権を有し、この権限を超えて本件土地建物を処分したものであり、控訴人は同人に右処分の代理権があるものと信じ、かく信ずるについて正当の理由があるという。しかし近藤定男に右管理権があったことを認めるべき的確な証拠はなく、前認定の事実によれば被控訴人はただ本件の登記済権利証を母トモに預けてあったに止まり、近藤定男は被控訴人の八王子にいる間に本件建物に入り込んでいたという関係だけでこれを管理していたわけではないことがうかがわれるから控訴人のこの点の主張はすでにその前提を欠くのみでなく、控訴人本人の供述から認められるように、控訴人が本件土地建物の名義が被控訴人にあることを知ったにかかわらず、その関係についてはもとより、はたして実兄の債務のためこれを提供することを承知しているのか等について同一市内にあって一挙手一投足の労で足りるに拘らず一度も被控訴人自身について確かめたことがないことからすれば、仮りに控訴人が定男に代理権ありと信じたとしてもとうてい正当の理由あるものとすることはできない。被控訴人がノイローゼ気味で人に会うことをいとうときいていたということはなんら右結論を左右するものではない。なお定男が被控訴人名義の登記必要書類を持参したとしても、同人がこれを入手した事情は前記の如く、被控訴人が任意に交付したものではないから、これによって代理権を授与した旨表示したものでないこともちろんである。従って控訴人の表見代理の主張は失当で採用できない。

五  以上のとおりであるから、被控訴人は控訴人に対し、本件土地建物の所有権者として、実体上の権利と登記の齟齬に基づき、本件登記の抹消を求めることができ、これを求める被控訴人の本訴請求は理由があるのでこれを認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 蕪山厳 高木積夫)

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